昭和の時代の番組は・・・★3
☆*――*☆*―「生命潮流」―*☆*――*☆*
重延氏はワトソンにテレックスを打ち、すぐ来日してもらったそうです。
「もちろん最初から大スター級の出演料を確約した。だがOKしたのは、優れた番組を作れるところだという信頼を得たからであり、日本で1週間ミーティングを重ね、セーシェルでのロケに入った」といいます。
このセーシェル・ロケとワトソン出演が決まった段階で、番組の成功はほぼ決まったといえました。
女性プロデューサーの坂元良江さんは「数百万羽の背黒あじさしの鳴き声で、人間の話し声など聞こえません。・・・人間が手を加えない自然のままの島々には"文明社会"から来た私たちの想像を超えること、すでにすっかり忘れてしまっていた数々が存在していました。自然とは何か、生命とは何か、生活するとは何か、進歩とは何か、開発とは何か、根源的なことを考えずにいられませんでした。『生命潮流』制作の日々は、私が人間的な感覚をとり戻した日々でもあった」と書いています。